2011年にインド大使として赴任された当時のインドの印象はどうでしたか?
私がインドに到着してから1週間も経たないうちに、3月11日に東日本大震災が発生しました。その直後、インド政府やインドの国民の皆さまから大使館に非常に多くの応援や支援の申し出がありました。日本にとって未曽有の大震災でしたが、インドの方々が大使館の入口に長い列を作り、彼らにとっても貴重な1ルピーや2ルピーを募金してくださったことに大変感動しました。その温かい支援に、心から感謝の気持ちでいっぱいになりました。
その他にも印象的だったことと言えば、ニューデリーの街で牛を見かけなかったことです。インドでは牛が道路に寝そべっている光景をよく目にします。ヒンズー教では牛が聖なる動物とされており、非常に大事にされています。そのため、自動車も牛を避けて走るのが普通です。しかし、そのときは空港からの移動中だったのですが、「えっ、牛がいない」と驚いたことを覚えています。
事情を聞いたところ、前年にニューデリーで国際的なスポーツ大会が開催され、その交通渋滞対策として、インド政府が牛を郊外に移動させたようです。牛のいない道路を見たとき、「どこかインドらしくないな」というのが第一印象でした。これまで私が抱いていたニューデリー、あるいはインドのイメージとは異なる新しい姿を見せてくれたため、良い意味で期待を裏切られたような新鮮な感覚を覚えました。
もちろん、牛がまったくいなくなったわけではありません。牛はすべてきちんと管理されており、いわゆる野良牛はいないのです。インドでは近代化が進んでいるものの、ヒンズー教の伝統を大切にしています。そのため、ニューデリー以外の都市や郊外では、以前と同様に牛をよく見かけます。
インドの経済成長と将来性についてお聞かせください。
インドの経済成長の躍進は、私が現地にいた頃から顕著でしたが、その後私がインドを離れた11年間でさらに加速しています。特にモディ政権の下での経済成長の速度と成果は驚くべきものがあります。
この成長と発展は、都市の姿を根底から変えています。たとえば、ニューデリーの隣に位置するグルガオンはかつて小さな街でした。しかし、現在では日本企業が支店を移転させるほどの立派なオフィスビルが林立し、一大ビジネス拠点として急速な発展を遂げています。こうした変化は地域によって差はあるものの、インド全体としては近代化が進み、人々に豊かさをもたらしています。
さらに、インドの人口は中国を抜き14億2800万人を超えています。若い世代が多く、平均年齢は28歳です。中産階級が増え、消費購買意欲も旺盛です。この傾向は今後5年、10年、さらには2050年ごろまで続くと考えられます。インドは、将来的にも世界経済の「成長センター」として非常に魅力的な存在になるでしょう。
成長するインドと日本の関係はどうあるべきでしょうか?
国際社会において、インドは急速に影響力を増しています。このような状況の中で、日本が安全保障を含め、政治的なつながりをインドと強化することは極めて重要です。両国の関係が深まることで、お互い多角的かつ具体的な外交政策を展開することができ、ひいてはアジア全体の安定と繁栄に寄与します。経済面では、現在約1,400社の日本企業がインドに進出していますが、これはインドの市場とその成長率を考慮すると十分ではありません。インド政府はモディ首相が提唱する“Make in India”を推進し、製造業の強化を目指しています。この分野では、日本からの投資と技術導入が大きなビジネスチャンスとなり得ます。
インドの人材について日本はどうあるべきでしょうか?
インドのIT人材の争奪戦は世界中で激化しています。世界的に有名なIT企業のCEOをインド人が多く務めている一方で、日本企業におけるその比率は極めて低い現状です。日本政府は国費留学生として優秀なインド人学生を日本留学させるプログラムを実施していますが、数は多くありません。むしろ、日本の民間企業が率先してインド人留学生を採用することが重要です。特に工学部や建築を学んでいる優秀なインド人留学生に早期からアプローチし、日本での生活経験を活かして卒業後に日本でのキャリアを築く機会を提供することで、採用に成功する可能性が高まると思います。
また、留学生に限らず日本企業は、インド人材の採用にもっと関心を払うべきです。インドでは、幼少期から数学教育が重視されており、その結果、多くの人々が数学に強い能力を持っています。これらの数学的なスキルは、仕事での成果に直結し、高いポテンシャルを秘めています。
そのうえ、インドは過去に日本の支援を受けて独立を果たしたという歴史的背景もあり、今でも多くのインド人が日本に対して親日的な感情を抱いています。日本が大好き、日本で働いてみたいというインド人は、日本人が想像している以上にたくさんいます。
PIITsのサービスで、IITの学生に日本企業を選んでもらうためのアドバイスをいただけますか?
インド工科大学(IIT)の学生は非常に優秀ですが、欧米企業との獲得競争が激しく、日本企業が彼らを引きつけるためには、魅力的な給与とキャリアパスが不可欠です。多くの学生は高収入を求めて日本人が想像もつかないような努力を重ねIITに進学します。日本企業がIITの学生を採用したいのであれば、高い給料を提示しなければ、欧米企業に負けてしまいます。極端な例として、日本の新卒社員3人分の給料を支払うような初任給を提示しないと、多くの学生は欧米に行ってしまうでしょう。
さらに、キャリアプランや育成制度も充実させる必要があります。将来的には、インド現地法人のトップや日本本社での幹部への道が開けるといった明確なキャリアパスを示すことが重要です。
PIITsは、まさにこのようなキャリアを提示するに見合う優秀な人材を発掘し、いち早く日本企業に紹介するというサービスですよね。このミッションは非常に重要です。日本企業は、優秀なインド人材を早期に採用し、育成することで、インド市場だけでなく世界の市場でビジネスの競争力を高めるチャンスとなることを認識し、積極的に取り組んでほしいと思います。
インドとのつきあい方について、気をつけるべき点はありますか?
インド人の日本に対する眼差しは非常に温かいものです。日本人はあまり意識していないかもしれませんが、インド人は好意的であるからこそ日本人のことをしっかり観察しています。そのため、日本人がどのような態度で接するかを敏感に感じ取ります。私たち日本人は謙虚にして奢らず、常に対等なパートナーとして接することが大切です。
また、インド人は感情表現が豊かで、一度信頼関係を築けば深い友情を育むことができます。文化や習慣の違いを理解し、良好な関係を築くことでビジネスの成功を導くことができると思います。
最後に、これから一層大きな存在感を示していくであろうインドと向き合う日本企業に向けてメッセージをいただけますか?
インドは14億人の潜在力を秘めた巨大な市場であり、日本企業にとって大きなビジネスチャンスが眠っています。インドを深く理解し、対等なパートナーとして良好な関係を築くことで、日印両国は共に発展していくことができると信じています。